擬制とは事実に反することを {神話・弁護士・雑誌}

事実であるかのように扱うこと。

事実に反することがだれにも自覚されていない「神話」や、相手に自覚させないようにする「嘘」と異なり、だれもが、それが事実に反することを知っている点に特色がある。

擬制を用いることによって、思考を単純化することができる。

ある物体を摩擦のないものと仮定したり、ある物体の運動を空気抵抗のないものと仮定したりするのも擬制による思考である。

法学においても、しばしば擬制が用いられるが、この場合理論上の擬制と実践上の擬制とに区別される。

前者は、法人を人間であるかのように考えたり、裁判官を政治的偏向をもたない人間であるかのように考えたりするものであり、後者は、法原則や条文に反するものを反しないように扱うものである。

後者はさらに、立法上の擬制と法適用上の擬制とに分類される。立法上の擬制とは、養子を実子とみなす、電気を財物とみなす(刑法245条)、船舶を強制執行法上不動産とみなす、というように、異なったものを同一に扱う場合である。

法適用上の擬制とは、法適用者が、条文の要件にあたらないものをあたるかのように、あるいは、あたるものをあたらないかのように扱う場合である。

これは法適用者の立法者に対する「造反」であるが、イギリスの法史学者メーンSir Henry Sumner Maine・1822―88が強調したように、時代に適応できなくなった法規を新たな時代に適用させる積極的役割を果たす場合もある。
update:2010年02月25日